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大阪高等裁判所 昭和40年(う)1719号 判決 1966年6月02日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人別城遺一作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴趣意第一点、起訴状の方式違背の主張について。

所論の要旨は、本件起訴状は罰条として破産法三七四条一号のみを記載して同法三七六条前段の記載を怠つたのみでなく、被告人金庭春を罰するには欠くことのできない刑法六五条一項の記載を欠いていて刑事訴訟法二五条に違背している。被告人は原審相被告人玄乙福の破産法違反行為に加功したことはないのであるから、起訴状に罰条として刑法六五条一項の記載があつたならば、被告人及び弁護人は原審において被告人が犯罪行為に加功しなかつたことを立証し得たのにかかわらず、右罰条の記載がなかつたためこの点に関する防禦の機を失し不利益を蒙つたものであるし、なお破産法三七四条は罰せらるべき者の身分を債務者に制限して規定しているから、債務者以外の者を罰するには特に罰条として刑法六五条一項を記載することを要するものと解すべきである。従つて原審において公訴を棄却すべきであつたのにその挙に出でなかつた違法があるから、当審において原判決破棄の上公訴を棄却すべきである、というのである。

よつて案ずるに、本件起訴状の公訴事実としては、「被告人三山泰男こと玄乙福はみやま化工株式会社の代表取締役としてビニール靴製造販売業を経営していたもの、被告人金沢達郎こと金庭春は貸金業を営み右被告人玄乙福に対し多額の金員を貸付けていたものであるところ、前記みやま化工株式会社は昭和三八年二月五日一般支払いを停止し、同年五月二七日破産宣告を受け、同年六月二二日右宣告が確定したものであるが、被告人両名は前記みやま化工株式会社が債務超過となり徳山泓志等五〇名位の一般債権者に対し支払不能となることを認識しながら共謀の上、右被告人金庭春の利益を図る目的をもつて、同年二月四日頃大阪市西成区橘通三丁目一一番地の被告人金庭春方において、前記みやま化工株式会社所有の現金五百万円、受取手形額面合計七百四十一万六千九百十五円、受取小切手二百五十二万三千六百九十円、在庫商品価格約二百万円、乗用自動車価格約三十万円及び預金債権七百三十二万二千九百八十六円を右被告人金庭春に対する前記貸金債務の弁済又は代物弁済として支払い、よつて右みやま化工株式会社に対する一般債権者の共同担保で同社の破産財団に属する前記財産を一般債務者の不利益に処分したものである」と記載されていて、原審相被告人玄乙福がみやま化工株式会社の法律上の代理人として本件違反行為を行い、被告人(金庭春)がこれと共謀して右違反行為に加功した旨を表示し、罰条として破産法三七四条を掲げていることは明らかであつて、刑法総則規定或は所謂両罰をも併せ記載しなくても、訴因及罰条の特定としては十分と解せられるのみでなく、原審各公判調書によれば、被告人及び原審弁護人は右趣旨を諒知の上で事件につき陳述したものと思料されるから、所論のように罰条として破産法三七六条前段及び刑法六五条一項の記載が欠けていたといつて、その防禦に不利益を生じたものとは考えられない。従て本件起訴状が刑事訴訟法二五六条に違背し同法三三八条四号により公訴を棄却すべき場合に該当するものとは云えない。論旨は理由がない。(なお起訴状の記載は被告人の債権は玄乙福個人に対する債権であるかのように記載されているが当審における検察官の釈明並に検察官提出の証拠によれば被告人の債権は原判示のようにみやま化工株式会社に対する債権であり、被告人及び弁護人は原審においてこのような債権関係を前提として陳述及び防禦をしているから、起訴状の右記載が誤であるとしても、そのことは被告人の防禦に不利益を及ぼすものとは考えられない。)

二、控訴趣意第二点、原判決の法令適用の誤の主張について。

所論は、破産法三七四条の詐欺破産の罪は破産債務者に専属するものであつて、破産者に対する債権者はこの罪の非資格者であるから、原判決が被告人に対し破産法三七四条及び刑法六五条一項を適用したのは誤であるし、被告人は本件によつて貸金業者としての自己の債権の一部を回収したに過ぎず正当行為であり、違法性はなく、若しくは過剰防衛行為として刑を免除さるべきものである、というのである。

然しながら、破産法三七四条の罪にその規定上債務者(又は同法三七六条に規定する者)という資格を有する者が犯した場合に処罰せらるべき所謂身分犯を規定したものと解すべきことは所論の通りであるが、若し債務者その他破産法三七六条に規定する身分のない者がこれに加功したときは、他の刑罰法規におけると等しく、刑法総則の規定である同法六五条一項の適用を見るべき共犯関係が成立するものと解するのが相当である。(昭和一〇年三月一三日大審院判決、集一四巻四号二二三頁参照)又破産法は、破産者の財産を債権者に平等に分配することを目的とするものであるから、破産者の最大の債権者たる被告人(破産債権の届出額合計四千二百万三千九百四十六円であるが、被告人の債権額は原判示のように元本のみで約四千五百八十万円である。但しこれにつき破産債権としての届出はしていない。)が本件により自己の債権の一部を回収したものであつても、その行為が破産者の代表者と共同して破産法三七四条の規定に違反してなされたものであるときは、破産法の目的に背馳するものと謂はざるを得ず、債権の弁済を受ける行為なるが故に正当行為として詐欺破産の罪の違法性を阻却するものとはいえないし、被告人の財産に対する現在の危難があつたわけではないから、被告人が本件によつて自己の債権を回収したことを以て過剰防衛行為と見ることもできない。原判決には所論のような法令適用の誤はなく、論旨は失当である。

三、控訴趣意第三点、原判決の理由不備ないし理由のくいちがいの主張について。

所論は、本件は被告人の積極的行為によらずして玄乙福の任意行為による債務支払を被告人が受諾収納したものに過ぎず、被告人が玄乙福の犯罪行為に加功したとの証拠はないのにかかわらず、原判決は、証拠に基かないで、刑法六五条一項を適用するに足る事実があると認めた違法がある、というのである。

然しながら原判決挙示の証拠を綜合すると、被告人はみやま化工株式会社の倒産を見越して自己の債権を一挙に回収するため、その代表取締役である原審相被告人玄乙福に対し強硬に債務の履行を督促し、かつ同人の意を迎えるように努め、一方では被告人が貸金の担保にとつていた玄の父名義の不動産に担保権を実行する等と云つて圧力をかけ、他の一般債権者に対する支払を不能ならしめるであらうことを知りながら、右会社が当時所有していた殆んど全財産である原判示の現金、物品ならびに各種の有価証券、債権等を被告人に提供させたものと認められ、このことは原判示の二月四日頃被告人が玄乙福と同道して同人の預け先の金融機関へ赴いて預金の払戻を請求したことや右会社の倒産后玄乙福を自己の運転手として雇入れ給料を支給する等して同人の面倒を見ることにした事実等によつても充分に推測できるところであり、被告人が玄乙福の本件詐欺破産の行為に加功し共謀したことが明らかであつて、これを左右するに足る証拠はないから、この点につき原判決に理由の不備やくいちがいはない。

四、控訴趣意第四点、原判決の事実誤認の主張について。

論旨は、本件行為につき被告人と玄乙福との間に協力共謀の関係はなくまた被告人(金庭春)の利益を図る目的はなかつたのにかかわらず、原判決が右共謀関係及び目的の存在を肯認するのは事実誤認である。即ち前記会社の一般的支払停止の日である昭和三八年二月五日の直前日である同月四日に急拠本件行為が行われたことは共謀がなかつたことの証左であるし、本件行為は主として玄乙福の父の担保権付債務負担を軽減するため及び玄乙福個人の保証債務を軽くするために行われたもので、結果的に本件が被告人の利益となつたに過ぎない、というのである。

そこで考察すると、原判決挙示の証拠を綜合すれば、玄乙福は、最大債権者である被告人の債権を可及的多額に弁済するため前記会社の殆んど全財産(当審に於て取調べた破産者みやま化工株式会社の破産管財人の報告によれば、同破産者の破産財団には殆んど財産が残存しないことが認められる。)を挙げて被告人に提供してその利益を計ると共に、その結果約五〇名の一般債権者の債権を殆んど弁済し得なくなつても止むを得ないとの認識の下にその一般担保を減少せしめ債権者を害する目的を以て本件行為に及んだことは明らかであり、(更に弁護人の主張からすれば本件行為は第三者たる玄乙福の父の利益を図る目的も存した如く推察し得る)これについて被告人と玄乙福との間に共謀関係を認めうることは前説示のとおりである。一般的支払停止の日の直前日に本件行為が行われたことを以て所論のように共謀関係不存在の証左とすることは相当でなく、却つて倒産発表直前におけるこのような債務者の代表者及び大口債権者の行為は、偏頗な優先弁済によつて大口債権者の満足と歓心を買いその代償として大口債権者より倒産発表后における債務者又はその代表者個人への援助若しくは再建のための協力を与えるという黙契の下に〓々行われる常套手段と見得る場合が多く、むしろ被告人と玄乙福との共謀関係を裏付ける資料であるといわなければならない。また本件違反行為を行う動機として、玄乙福の父所有名義の財産に対する被告人の担保権実行を思ひ止まらせ、或は被告人の前記会社に対する貸金債権に附従する玄乙福の保証債務を軽減する目的があつたとしても、それは附随的なものに過ぎず、被告人の利益を図りかつ一般債権者を詐害する目的の存在になんらの影響も及ぼさないものといわなければならない。

従つて原判決には所論のような事実誤認はなく、論旨は採用できない。

以上要するに本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

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